ASDと思った私

モヤモヤ改善策,体験談

※この記事は私がASD(Autism Spectrum Disorder)か否かを書いた記事ではありません。現在進行形で「自分はASDではないか?」「精神科を受診してASDグレ—ゾ—ンと言われたけどやっぱり生きづらい…」など、成人してから自分がASDではないか?と疑って悩んでいる方にとって何かの参考になれば…と思い書いた記事になります。

私が自分をASDと思った経緯

私は自分自身のことをASDだと思い悩んだ時期があります。そんなことも一因となり調子を崩し、メンタルクリニックを受診したのは2015年11月のことです。

「自分は普通じゃない。変なんだ。おかしいんだ」と思い込み、受診する少し前には「虚無僧。クスクス」と笑いながら話している人がいたら、自分が「コミュ障」なんだと嫌味として言われたと受け取ってしまうようになっているくらいでした。

やがて、そのように感じる生きづらさには原因があるのではないか?と思うようになり、自分自身をASD(旧・アスペルガー症候群)と疑うようになりました。今はインターネットで検索すれば、ASDの簡易チェックリストのようなものがヒットします。そのようなチェックリストをやってみると、高得点をスコアする私は確信していくのでした。

しかし、メンタルクリニックでは「その傾向はあるけれど、ASDはあくまで『スペクトラム(注)』だからね」と、医師から言われるにとどまりました。グレーゾーンと言われるのに近い、宙ぶらりんな状態でした。

スペクトラムイメージ図

(注)境界線のない、連続性のある分布帯のこと。自然現象の「虹」もスペクトラムの一種(分光スペクトル)です。

思い込んでいるときには、誰でも視野が狭くなる

ここで一旦、人間が「思い込んでいるとき」に陥りがちなことを確認しておきましょう。

■自分に有利な、確信する情報だけにしか目が行かなくなる。
 (否定する情報には目が行かない。聞き入れない)
■白黒思考(0/100思考。ALL or NOTHING)で物事を考えがちになる。

そして、気持ちがふさぎこんでいるときには「これは発達障害の二次障害によるうつなんじゃないか?」と思うかもしれません。それは二次障害なのかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。ただ、そのうつっぽい症状が改善するまでは、ご自身で物事を判断をするのは避けた方が良いでしょう。抑うつ状態のときにも冷静・客観的に物事を見られなくなり、白黒思考に陥りがちだからです。

インターネットの情報で判断しない

近年、インターネット上にはASD当事者の話など、情報で溢れています。前述した通り、人は思い込んでいるとき、自分がASDと確信する情報だけを拾いがちです。
どうしても生きづらさが強く診断が必要と感じる場合には、発達障害外来を設置している大学病院を受診しましょう。(近年、発達障害がビジネス化している部分もあるため病院選びにも注意が必要です)
うつ症状がひどい場合、早急に街のメンタルクリニックを受診するのも方法の1つです。その際には、自分は発達障害を疑っていて、抑うつ状態が改善したら「発達検査」を受けたいことを主治医に伝えておましょう。
そして、発達障害を診断できるのは精神科医だけ。家族・友人はもちろん、自分自身でもないということも忘れないでおきましょう。

宙ぶらりんは辛い

私も何がなんだかよく分からない宙ぶらりんな状態を経験しているので、自分が何者なのかよく分からない感覚や、右に行ったらいいのか?左に行ったらいいのか?よく分からない状態の辛さは分かります。そして、生きづらさだけは残った状態になるので「じゃあ、一体これは何なの?」と思ってしまうのも自然だと思います。(私もそう思いました)
ただ、振り返ってみると宙ぶらりんを受け入れられず「自分はASDなのか、そうじゃないのか?」と、答えを求めて考えていたときは、メンタルがあまり良い状態ではなかったな…と思います。そして、思考の悪循環にハマって抜け出せなくなっていました。さらに、その悪循環にもメンタルを削られていたように思います。本当に最悪なサイクルに陥っていました。
でも、「ASDのことを考えるな」と言われて、それが出来れば苦労しませんよね。人間心理として「~~するな」は「もっとやれ」になりかねません。だからこそ、グレーゾーンのことから一旦離れるきっかけを何か見つけられると良いですね。私はHSPという概念を知ったことをきっかけとしてASDから一旦離れることが出来ましたが、きっかけはなんでも良いのです。ランニングや筋トレに夢中になるとか、数独や知恵の輪に夢中になるとか、本当に何でも良いのです。とにかく一旦グレーゾーンからは距離を置いて、メンタルの回復に専念しましょう。

現在の私

自分をASDと疑ってメンタルクリニックを受診してから7年が経ちました。
今の私は「グレーゾーンであっても、診断を受けるほどではない」と考えています。私の自閉(Autism)の傾向(Spectrum)はあくまで傾向であり、生活の障害(Disorder)となるものではない…と考えるようになっています。なんだか言葉遊びみたいだなぁと思いますが。
むしろ、診断を受けてしまうと意思疎通がうまく行かなかったときに「ASDのお前が悪い」とされてしまい、お互いにコミュニケーションの未熟さがあることを相手だけが認めず、一方的に責任を押し付けられかねない。世の中そんな人ばかりではないことも分かっていますが、それでもそう思うようになっています。

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